ここさいたま市緑区のの見沼たんぼの東西を流れる見沼代用水縁のソメイヨシノは満開を迎えてます、見比べて下さい。見沼代用水(みぬまだいようすい):利根川の水が潤すことになったのは、享保13年(1728年)の春のことである。新田とそれまで見沼溜井の水を使っていた村々を灌漑するために井沢弥惣兵衛為永は、見沼に代わる用水としての新たな水路を開削した。上越国境の雪解け水は年間を通して安定して得られ事に着目し、利根川の水を選んだのである。台地の縁辺に水路を開き片側は崖、掘り上げた土で片側の堤を築くなどしたほか斜面部分で耕地をつぶさないなど合理的な工事であった。軟弱地盤の上に天井川の形で両側堤の所も有り難工事であったと思われる。東西に分かれた緑区内では東縁は野田、大門地区の崖裾を、また西縁は三室、尾間木地区の崖裾を流れている。下流はさらに南へと流れて行く。延長90kmという。見沼代用水は、農業用水のほかに内陸水運にも使われた。縁辺は斜面林など優れた景観を持っている。(さいたま市報より抜粋)
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